高原幸男のブログ
日常の出来事から、思いのまま書きました。
近畿宗教連盟京都総会に参席して
近畿宗教連盟京都総会に参席して 2009/11/20

五重塔 今年は京都の東寺(教王護国寺)の施設見学と総会が行なわれた。出席者は近畿のあらゆる宗教(仏教、天理教、新宗教、キリスト教など)の代表的な方々が出席して、議事は進行され決議された。
 その後の記念座談会では、京都議定書の環境問題の講演があり、COP3に取り決められたことが、実現の低い状況である実情の説明から、どうすれば守れるのか、レクチャーがあった。
 そして今年12月に、COP15として開催されるコペンハーゲンに、宗教界として協議された議定書のメッセージの修正を行い、代表者3名が(今回は仏教界から)出席し、提出することが決まった。

 私は講演の中で、気候ネットワーク代表であり、弁護士の浅岡氏が世界で、一番CO2排出の大きいのは先進国であり、その経済性優先をするエゴが、減少より増加の一途をたどっていることを報告されたことに、幾ばくかの憤りを感じた。

会議 さらに京都府の地球環境温暖化対策課長が、豊富なデータから立派な資料を基に説明があった。その報告は、日本もCO2排出量が増加しており、京都議定書に取り決められた数値は、京都で実現不可能に思えることが発表された。そのために、開発途上国より、CO2排出の割り当ての一部を金で買い取り、その排出していない買い取った数量分、排出している数字より、計算で差引き、削減を実行できたと発表しようとしている。計画的なことが発表された。
 これは実際の削減ではなく、偽装である。

 先日、鳩山首相が10年後までに25%の削減を世界に向けて約束したが、お二方の意見を伺いながら、ただ口約束で、実際はどうにもならないと思える。途上国より使用していないCO2を金で買い取り、帳尻を合わせようと言うのだろうか。
五重塔夜景 それよりも龍谷大学教授の田中氏は、環境問題を社会学的立場より洞察した意見を述べられた事に賛同をした。
 エコを推進する国も一部の企業の収益につながるだけで、その製品の製造にはエコにならない物があること、使用後の処理の対策が見えないこと、それが地球環境に決して良いとは思えないことを語られた。
 特にエコカーや電化製品に減税などを行い、奨励しているが、どうして自転車通勤、公共機関の利用のために税を使い、エコを訴えないのか。ただ一部の国民の消費をあおり、一部企業の収益を計る政治的意図がある。などと指摘された。
 併せて、環境破壊は徐々に行われているようだが、破壊はある瞬時に起こる物であり、それまでギリギリまで耐えており、そして爆発する。そこまでは普段と変わらないし、問題がなさそうに見える。しかし、一旦爆発が起きると処理ができない。その限界がいつなのか、夫婦喧嘩も、ガス爆発も同じで、限界が見えない。それまでに手を打てば解決のめどがあるだろうが・・・。

 今世界では奇形の動植物が一挙に増えてきている。爪のない蟹、三本足の蛙、変形した果実などなど、世界中にその兆候が見られる。一種の警告であることは確かだ。空気の層も卵の薄皮に比例する物であり、その微妙な大切な物を維持するのは、今の我々の知恵と辛抱ではないのだろうか?

 エゴな考えでエコは守れない。
あなたは少しの辛抱と知恵を、今の生活に生かすことができますか?
 
迫害の歴史、キリスト教
迫害の歴史、キリスト教  2009/11/18

長崎雲仙 今月17日から、大阪クリチャンセンターの主催で、長崎、天草を37名が旅行をしている。
キリシタンの足跡を訪ねての旅だが、主にカトリック教会を訪ね、長崎の大司教様も出迎えて下さるプランニングである。しかし、26聖人殉教地、雲仙キリシタン殉教の碑、天草四郎の苦難の歴史など学ぶ旅でもある。

振り返れば、どういう訳か、キリスト教の歴史は迫害、剥奪、侵略された歴史が多い。人類愛を説き、不平等を解放し、人権擁護、社会福祉に活動をするクリスチャンが迫害を受けている歴史でもある。

 差別、不平等解放、人権擁護を主張すると、世の権力を握る者にとっては、不都合な存在になる。そのために受けた迫害でもあるようだ。

今回の旅行は、歴史を振り返ることでもあるが、この迫害は今も続いている。インドネシヤ、インド、フィリピン、多くの国々からニュースが届く。

 先日、朝日新聞の天声人語に次の記事があった。

 『宣教師ザビエルは今から500年前の春、スペインで生まれた。困ったことに、日本では教理を広めようにも適切な訳語がない。神を意味するデウスを当初、あやまって「大日」と言い換えた。大日如来を信仰する人々から「同門の高僧だ」と大歓迎されたそうだ▼そんな思い違いも手伝ってか、布教2カ月で500人を入信させている(『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』平凡社)。だが、もてはやされた時期はごく短かった。弾圧が始まると、バテレンは追放され、キリシタンは火刑に処された

▼異教に厳罰をもって報いるのは近世日本に限らない。アフガニスタンでは今、ひとりのキリスト教徒をめぐって緊張が高まっている。もとはイスラム信者だったが、16年前、難民生活のさなかに改宗し、欧州へ移った。一時帰国した先月、隠し持っていた聖書を親族に見つけられ、当局に拘束された▼アブガンの裁判では棄教者(ききょうしゃ)は死刑になる可能性がある。この一件が報じられると、米大統領や豪外相、ローマ法王らが裁判を非難した。被告は先月末、急きょ釈放されたが、イスラム圏は「キリスト教勢力の横やり」と猛反発している▼逆にイスラム教へ改宗した場合は、どんな扱いを受けるのか。アフガン人男性と結婚するため、30代で入信した日本人女性によると、聖職者から「仏典を捨ててコーランを選んだあなたは著しく徳が高い」と絶賛されたそうだ▼デンマーク紙のムハンマド風刺漫画に端を発した暴動が、ようやく鎮まったところだ。流血の連鎖が再発しないよう祈りたい』

 この記事を読んで、宗教を信じる人が、他の宗教を学びも研究もしないカルト的になったり、宗教や巨大さを持って、力づくで自分の宗教が最善と思う偏見が、争いと殺戮を生む事が判る。宗教は本来世界の視野に立って、科学的にも、人間の存在が何なのかを見極めて、悲しむ者に喜びを、苦しむ者には慰めを、恐れている者には平安を、このように人類の救いに寄与する者が、真の宗教者であると思う。家内安全無事息災だけが救いではないと、私は考えている。

あなたはどう考えておられますか?


 尚、ある人から聞いた情報だが、今、イスラム教の若い布教師が日本に来て、日本女性と結婚をしようとしている。宗教を深く考えない女性は、容姿端麗の男性に惹かれ、ついて行くという。当然イスラム教に入らねばならず、家族親族もその戒律に束縛されてくる事は必至。今、世界をイスラム教化する運動の一番のターゲットが、日本になっていると聞いた。
日本女性のあなたは、しっかりした信条を持っておられますか?
八ッ場ダムのついて
八ッ場ダムのついて  2009/11/16

八ッ場ダム余り政治には口を出したくない者だが、民主党になって「八ッ場ダム」(やんばダム)建設中止と決められ、物議が生じた。
 先日、ある人から「あなたはどう思う」と質問を投げかけられた。対岸の火事のように無関心ではないが、責任ある者ではないので、傍観しているだけであったが、ハタッと返事に困った。

 そこで少し調べると、熊本県に大蘇ダムという、農業用水用のダムが4年前に完成したそうだ。130億円の予算が600億円も費やしたのだが、水がたまらないそうだ。周囲が火山灰の地質で、保水力がない土地であった。こんな事は土地の人に聞けば判ることなのに、今も責任者の顔が見えない。

 鳥取県に浅井ダムの計画が出た。治水と利水のためであるが、河川改修でも良いと言われていた。比較したら、ダム建設の方が安いと決議され、建設を進めようとした。しかし、新しい知事が選出され、「責任を取る覚悟で計画を検討せよ」との指示が出たら、ダム建設の方が、河川改修より3倍も費用がかかることが、明白になった。元々判っていたことであるのに、責任を取る覚悟を言われて、正直な数字が出てきたのである。

 八ッ場ダムも、報道や他の情報を伺うと、当初の計画から、57年もかかって予算は当初より遙かに膨大なお金が使い果たされている。それでいて本体工事も取りかかっていない。しかも、上流に酸性の土壌帯があり、貯水すると酸性の水となって、農業にも適さず、ダムのコンクリートの劣化を早めることが判った。そのために、今の建設予定ダムの上流に、更に中和させるためのダムが必要であることが判明した。

 これではどれだけの経費を予算化すればいいのか、年月と費用の見当が付かない。八ッ場ダムの建設推進責任者と建設業者の顔を明確にして欲しい。

 通常商品を購入するときには見積書を取って、その見積もり予算通りに、仕上げるのが業者の務めである。計画通りに行かなければ、発注者と施工者が責任を取る事が普通である。

 この頃スーパーに買い物に行っても、生産者の顔写真が載っている食品は、一応安心をする。住所電話番号が書いてあり、少しの問題があれば直接伺えるし、良ければ直接追加注文もできる。
造る側に自信と責任があるから明記できるのである。

ダムのみならず、道路も、要は税金を使う公共施設の建設において、施工業者と発注者の責任が問われて良いと思う。自信があれば、公に住所電話番号を明記しても良いと思う。皆さんはどう思う?
エコカーを考える
エコカーを考える  2009/11/12

自動車正面
今乗っている自動車(マツダ、フレンディ、8人乗り)の半年点検をする時期が来た。メーカーに点検をして貰ったら、走行距離が10万キロに近づいているとのことで、タイミングベルトの交換を言われ、他にウオーターポンプ、エンジン周り、そのほか数種の変換、手入れ、調整を言われ、15万円を超える修理代金が必要だと言われた。それに保険料が必要だと言われ、正直、ちょっと頭に来た。

1度にそんなに言われても金がない。しかも下取りの価値がないと言われて、ちょっと頭に来た。
マツダ横
 ナビも当時一番良い29万円をかけて設置している。しかも、DVD交換に3万円もかけてアップグレードしたし、ETCカードも利用できるように、部品を設置した。それも昔は高くて17万円もしたものを取り付けてある。それなのに自動車に付属品も含めて価値がないと言われて、更に頭に来た。

 事故は一度、横から飛び出してきた軽4に当てられ、ボディがへこんで、先方が100%修理代金を支払って、直して貰った。それだけである。
 ゴールデンカードで無事故無反であったが、マツダ前パネル
1年前、自宅前に停車させ、トイレに入り、その後電話がかかって10分ほど話して外に出ると、駐車違反のステッカーが貼ってあった。これもちょっと頭に来た。そのために、ゴールデンカードが青色になった。1万5千円を払うことになって心はブルーになり、本当に頭に来た。

 メーカーは、今点検で費用をかけて、あと3年乗っても、ガソリン代や保険料その他で、今エコカーを買う方がお得ですよと、愛して乗ってきた私の自動車が如何にも古く、時代遅れのような言い方で、見積もりを持ってきて新車を奨める。ちょっと頭に来た。来年の11月まで車検が マツダ後部座席
残っているので、それまで今のままの乗り過ごそうかとも考えている。

 さて、後輪のタイヤをこの11月始めに、4万円近くをかけて新品に交換したばかり、前輪も交換しているためにまだまだ十分である。個人で丁寧に乗っているので、汚れは少ない。ナビ、ETCもそのままで、どなたか25万円ほどで買ってもらえないかと思っている。家族や団体、教会などで、人を多く乗せる場合に良いと思う。そうしたら、私はエコカーを買いたい。


自動車の明細
マツダフレンディ ステーションワゴン 8人乗り
GF−SG5W 2500cc ガソリン車 平成13年11月新車購入
エイリアン?
エイリアン? 2009/11/10

エイリアン?先日、金沢や敦賀へ旅行に行った。今回はある人の招待で、「くつろぎ」と言うことで、バスをチャーターして、私の妻も含め、34人も観光と温泉の憩いのために連れて行ってくださった。

伺えば、思いの外沢山の退職金を頂戴したので、老後のためにと考えたが、死んで金を持って行けるわけではなく、自伝を出版するにも時間がかかることもあり、楽しんで貰おうと考えた。と言うことである。

それにしても高額な費用がかかる中で、無私の心で、ご夫妻が招待してくださったのである。
果たしてそのまま受けて良いのやら悪いのやら迷いはしたが、その心に甘んじて楽しませて戴いた。

 人は成長すると与える心が生まれるという。幼稚な内は受けることばかり考え、欲が深いと他人の物を奪うことすら行う。貰おうとする心は、頭も人間的にも成長していない姿である。

 人を楽しませることができる人は幸いである。それだけ余裕があることであり、無いものから与えることができない。与えられることは財だけでなく、知識も、体力も、立場からでも与えることができる。
この与えることができる物を持っていることが幸せになる。

 帰り道、敦賀に寄った所が魚市場。その店の一つに写真の物が飾ってあった。魚のエイの干し物らしいのだが、実に不気味である。まさに「エイリアン」のようだ。エイだからエイリアンだ、とだじゃれで言ってみたが、地球外生物が地球を襲う場合は、与えるためには来ない。奪うために襲うのである。

今回の旅行をプレゼントして下さった奇特な方のように、知り合いに対して祝福を分けることは愛である。
ボランティアで震災後に助けるために出かけている人。ホームレスに炊き出しをして食べさせている人。まさに暖かい愛を持っている人で尊敬に値する。

 まねごとでは長続きしないが、私の知り合いの人は、もう何年も奉仕をされている。きっと神さまがその人を更に祝福をしておられるようだ。

 聖書に『施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。』箴言 11:24
もう!クリスマス
もうクリスマス  2009/11/03

今日の大阪は冷え込んだ冬の寒さがやってきた。今日は文化の日。多くの人が叙勲を受けた。日本の人々に喜びを与えた人たちだ。おめでとう!とお祝いすると共に、ありがとうと言いたい人たちだ。普段は一つのことに熱情を込め、脇目もふらず一生懸命に働いた方々だ。重ねてありがとう!と申し上げたい。

クリスマス1さて、私の教会にある小さなウインドウに、もうクリスマスを飾った。クリスマスカロルを表現した町並みである。夜は電飾が入り、美しい。ミニチュアであるが、眺めていると心が和む。

 クリスマスとはクリストのマス(祭り)。すなはちイエス・キリストが生まれた記念日である。世界中がお祝いする。キリストは人知れず小さな馬小屋で生まれ、貧しい大工の息子として育つと共に、一生懸命に人々の救いのために、働いてこられたから、みんなが感謝をし、お祝いするのである。

 人間が他人を殺してでも自分の快楽と楽しみ、見栄のために生きようとする愚かさ。他人を騙しても自己財産の増殖に奪われた心になっている哀れな者のために、キリストは本当の人間に戻るようにと、生まれて下さった。

 多くの人が自分で心をコントロールできなくなり、争いや憎しみという餓鬼のような心になってしまった人々を、本当の人間になるように、神であったのに、人となられて来てくださったのである。

 文化勲章を受けた方々は、本当の人間として、自分に与えられていた賜物(才能)を上手に生かして使われてきた方々である。人間ならば、本来それぞれに神さまから与えられている賜物が備わっている。
 たとえば勉強が駄目なら、他人より体育的な面で優れているところがあり、絵画や音楽なども芸術において優れている場合もある。体が弱いならば、技術的な知能的な面での優位性が発見される場合が多い。

 そんな意味で神の賜物はみんな違いがあり、平等である。
ただ人間側が一つのパターンを決めて、それに答えられれば優秀と決めたり、走りにおいても標準を決めて到達しなければ、ダメ、と評価するからおかしいのであって、グローバルな視野に立って、神の賜物を生かせられることで、バランスが維持でき、社会が構成されるのである。

 クリスマスとは、人間を造った神の一人子が、人間社会に来て、本当の人間に戻るべき事を、知らしめるために来た日でもある。

 人間も物を造るとき、目的無く造る物はない。例え一つの妻楊枝もちゃんと計算され、計画して造る。
 人間を造った神は、我々ひとり一人計画があって目的に従って造っておられる。それが判れば、人生楽しいものである。
 目的無く生きている人は、正直、不平不満が多くて、怒りっぽい人になっている。人生を無駄に過ごし、無駄な金を使い、無駄な物に時間を使い、無駄に自分の体を使う。

 そのようになるために、キリストは人間を造ってはいない。全員文化勲章を受けるほどに生き甲斐のある人となれるように、賜物を与え、生きることができるのだと、聖書は語り、教えている。

 それを認識する機会がクリスマス。
そんなことで、早いクリスマスを飾って、道を通る人に気づいて欲しいと見せている。


ちょっと偉そうに書いたが、意見があれば下さいな。


天国と地獄
天国と地獄 2009/10/25

 ある人はゴルフが大好きで仕方がない。三度の飯よりゴルフであった。
教会に行くよりゴルフに行くこともしばしばであった。
しかし、その男性が、ふと「天国にゴルフ場があるのだろうか?」と思い、神父に相談した。

「神父さま、天国にゴルフ場があるのでしょうか?」
神父は返答に困り、「司教さまに相談してお応えします」と返事をしておいた。
相談を受けた司教も返事に困り、大司教にその話が行った。

大司教も天国にゴルフ場があるとも無いとも言えない。
この話が大問題になり、とうとう世界の会議になり、バチカンに決定して貰うことになった。

バチカンで協議が行われ、結論が出た。
そして、やがてその男性に神父から答えが告げられた。

神父は男性に「天国にはちゃんとゴルフ場があります。とても人気があって、予約が必要だったそうです。そこで、バチカンから1ヶ月後に、あなたの予約を入れておいたそうです。どうぞ行って下さいまし。」
それを聞いた男性は、あわてて「その予約はキャンセルして下さい。もうゴルフを辞めます!」

天国と地獄と、どちらに行きたいですか?
美しさとかつら
美しさとかつら  2009/10/24

先日ある話を聞いた。
カソリック教会には懺悔室がある。そこには神父が居て、悩み相談とか、罪の告白を受けて、神に悔い改め、許しを願うところである。

ある女性が告白に来た。神父は問題によって受け答えをする。
その女性は
「神父さま、私は大きな罪を持っていました。今まで、この教会の中で、一番美しいと思っていました。
この傲慢を、神さまに許されるでしょうか?」
結構大きな教会であったのですが、神父さんは
「ああ、そうですか。それはご安心下さい。
それは、あなたの誤解ですから・・・。」
女性「・・・・・・?」


ある40代の男性。
頭の頂点がかなり薄くなってきた。気にしていたが、ひどくはなかった。
家族からも会社でも、時々冷やかされるが、大いに笑って会話が弾むことが多かった。

ところが、密かに「かつら」を高額で買った。
装着してから、会社では目をすぐ頭に視線をやって、頭の事に触れず、会話が少なくなった。
得意先でも何となく、相手が目線を時々頭に向けることが気になり出した。

自分も意識して、ぎこちない会話が出始めた。
これは何とかしなければ、と思い、懺悔室に。

「神父さん。どうしたらいいでしょう。」
神父さんは「神さまが与えてくれた自然が一番良いと思いますね。私もその気持ちで悩んでいました。一緒にお詫びしましょう」と言って、自分のかつらを外した。

聖書には「人は外かたちを見る。しかし、神は心を見る」とあります。
美しさは、心の中から反映していくものです。

根性桜と根性ケイトウ草
根性桜と根性ケイトウ草  2009/10/21

桜の木1
私の家の前に、桜の木がある。まだまだ木は細くて、花は咲いたことはないが、生えているところがスゴイ。
以前から気にしていたが、もう背丈は屋根を越えている。そのため、一度報告という意味で見て貰うことにした。
実はコンクリートの細い溝の割れ目から、出てきた桜の木である。
以前新聞で「根性大根」と報道され、テレビでも取り上げられ、一躍有名になった。
しかし、何者かによって持ち去れら、残念な結末になった。桜の木3
 はじめは正直に小さな苗木であった。何の木であることも判らなかったし、誰も目にとめていなかった。空き家である故に、誰も肥料も水も注ぐことはしない。本当に雑草のようにたくましくひっそりと生きて成長してきた。
見ての通り、この桜はしっかりと根付いて大きくなっている。しかし、もし花を咲かせば、みんなが振り向き、この異様さと辛抱強さ、また名物になって、心無い人によって枝を折られるかも知れない。

どぶの溝に生まれた桜の種類も判らないが、花言葉に、八重桜には「豊かな教養・善良な教育・しとやか・理知に富んだ教育」、ソメイヨシノには「高貴、清純、精神愛・優れた美人」、しだれ桜には「優美・ごまかし」、そして国花でもあるヤマザクラには「純潔・高尚・淡白・美麗」という花言葉がついているそうだ。でも、共通して清潔な教育ある高貴な象徴であるように、我々人生の中でも、どんな環境に生まれてこようが、忍耐と環境の順応性に富み、自らの身を清潔に保って静かに生きている姿は、やがては、純潔な高貴な人になっていくことを示してくれる。

さすが日本国民すべての人に愛されている花であるように、この桜もやがては近所の人々に大切に扱われ、愛されるに違いないと思っている。

 だが、私はまだ少し花を咲かせないで、生きていて欲しいと願っている。もう少し私に生きる勇気と忍耐力を示して欲しいと思っている。花は一時的に終わるものだから、もうすぐ冬がくる。その寒い社会に耐え、世間の風に吹き飛ばされないでから、花を咲かせて欲しいと願っている。
ケイトウの花1

もう一つ。
この桜から300mも離れていない場所に、同じくどぶの溝の割れ目から、今度は花を咲かせている毛糸の花がある。そこは人が住んでいて、丁度玄関の入り口に、門松のように戸扉の両側にしっかりと根付いて、赤い花を沢山つけている。
 そこを通るたびに、あでやかな赤の美しさに心が和まさせられる。
毛糸の花はヒユ科の一年草。原産地は熱帯アジアと言われているが、ここのケイトウの花は、ここ数年咲き続けていると思う。
ケイトウの花2
花言葉では、「情愛・色あせない恋・しぼまない恋・おしゃれ・感情的・奇妙・不死・気取り・博愛」とネットに書いてあったが、年中人々に、色あせない心としぼまない心を与えてくれているようだ。

このどちらも、汚水が流れるであろう「どぶの溝」の、しかもコンクリートの割れ目から芽を出して、大きくなって花を咲かせるのである。

世の中に不幸と思える人もいる。生まれ育ちがその人の人生を左右することも多い。
しかし、この桜の木とケイトウの花を見て、何かを学んで欲しい。
きっと、神さまは一人一人の生きる道を示しておられると思う。
孫が新型インフルエンザにかかった。
孫が新型インフルエンザにかかった。  2009/10/13

 昨日、娘から電話がかかり、子供が新型インフルエンザにかかったと電話があった。
え〜っ!えらいこっちゃ。どうすんねん。

学校で先日一人が発生したことがあり、今日は同じ学校で17人が発生したと聞いた。
一時期大変な騒ぎになっていたが、やがて何とも思わず、マスクもせず、平気に人混みの中を行き来して、全然問題がなかったのに、身近に出ると世界保健機構が言っているのが正しいと思うようになった。

 孫は39.8度の熱が出たという。病院に行く前に電話をして対処を伺い、処置をして戴いた。
今日は37度に熱が引いたので、ひとまず安心をしたものの、新型は怖いと思った。

おりしも自動車の新型がTVで発表していたので、関係がないが、治療費と車の値段を見て恐ろしさを感じた。

健康のためにエコを心がけることは、高くつく。電車バスを利用し、歩くことで体は鍛えられ、車を買わなくてすむ。これが一番のエコであり、治療費もかからない。

病魔と誘惑は身近に迫っている。
気をつけましょうね。